時々思い出したことを
ちょっと書いてみましょうか。






かへる日もなきいにしえを

こはつゆ艸の花のいろ

はるかなるものみな青し

海の青はた空の青

(三好 達治)







はじめに帰る







やぶからしの花


この頃雑草の生え放題という広場は少なくなった。
たいがいきれいに手入れされてる。
アスファルトをはって、駐車場になっていたりする。
昨日、ちょっと放置されている空き地に出会って、
珍しくはびこったやぶからしを見つけた。
つるをどんどん伸ばして、
その辺にある植物の上を被っていき、
自分だけ太陽の日をいっぱい浴びている。
花はむれ咲きだが、地味だ。
この花を見ると思い出すことがある。

むかし、学生時代、両親は海外で、
子供4人で一軒家に住んでいた時期があった。
学生時代はみんなそれぞれ自分のことで忙しい。
庭の草むしりをするものなどなかった。
これは私たちだけの現象かもしれないが、
とにかくわが家の庭は空き地状態。
夏ともなればさまざまな雑草がおいしげり、
その上をやぶからしが被い、花を咲かせている。
その花は蝶がとても好むらしい。
いろいろな蝶がよく飛んでいた。

ある日、小学生の男の子が玄関に来て、
お庭で蝶を採らせてください、と言う。
昔蝶を追ったことがある兄は
あっ、いいよっ、と二つ返事だ。
それから毎日のように、
蝶を取らせてください、の声をかけては
庭に入ってしばらく蝶を追う姿があった。
毎年、夏になると、何回か来ていたと思う。
何年続いたのかさだかではないが、
男の子が大きくなって、
蝶に興味を抱かなくなったのか、
わが家でも、両親が帰ってきて、
家の建て直しや、庭の整理などで
やぶからしは無くなっていたのだろう。
いつの間にか男の子は来なくなっていた。

夏にやぶからしを見ると、
あの男の子の声がよみがえるのだ。

そうそう、雑草にはもうひとつ思い出があった。
その頃、留守中に空き巣が入り、とるものがなくて、
レコードをいっぱい持っていかれたことがある。
その時来た刑事さんが庭を見て、
こんなに草をはやしてちゃあいけません。
留守がちだってすぐわかる。
ちゃんと草はとってください、防犯です。
翌日から真面目な妹の指揮のもと、
しぶしぶ草取りをはじめたのだった。

そんなことも、蝶と男の子が来なくなった原因かも知れない。

01.08.30





シャルトル大聖堂


15,6年前、はじめてパリに行ったとき、
シャルトルへはぜひ行きたいと思っていた。
ステンドグラスの、シャルトル・ブルーといわれる色が見たかった。
12月半ばで、かなり寒かったはずなのだが、あまり記憶にない。
モンパルナスから汽車に乗り、それが偶然急行らしく、
はじめの停車駅がシャルトルだった。
シャルトルの二つの尖塔は、
ずい分手前から平野の中に見えるはずなのだが、
駅に近づくにしたがってもやがかかり始め、
駅を下りた頃は、5,6メートル先も見えないほどの深い霧に覆われ、
尖塔を見ることは出来なかったし、その方向もわからなかった。
白い霧の中、歩いていくにつれ現れてくる建物を見ながら、
道順を聞きつつ、大聖堂に向かった。
途中で、抵抗運動で命を落とした若者たちへの
オマージュのモニュメントを見た。
そして、ある角を曲がった瞬間、ふいに目の前にそびえ立った大聖堂。
はっと息をのむ出現、このときの感動を今も思い出す。
それは、重厚な建物が持っている圧倒的な重量感で迫ってきて、
飾られている聖者の像がすごみを帯びている。
まわりはすべて白い霧の中。
尖塔の先も、白い霧の中にとけるように消えていっている。

神は確かにいるかも知れないと、思わせるものがあった。

ステンドグラスは、太陽の光がほとんどない
深い霧の中でも、美しい色を見せていた。
が、晴れた日のブルーは、さぞや深く澄んだ色だろうと思われた。

大聖堂の中の、あざやかに思い出される体験は
音の反響だった。
友人と私の二人以外、人気のない聖堂内で、
中央の祭壇近くの椅子に座っていると、
あらたに人が入ってきて、ヒールの音を響かせている。
この靴音が、はじめは広い聖堂内全体にひびきわたる感じで
こだまもはいり、聖堂内がこの音だけに満たされた。
足音がだんだん祭壇に近づいてくる。
それにしたがって、音は足元に集約されていく。
私の前にその人が現れた時は、
ただコツコツという小さな音だけがしていた。
その足元が、あの大きな音をみんな吸い込んでしまったかのように。

白く凍りついた足もとに少し恐怖を感じながら、、
高い尖塔にのぼり、ひと巡りした思い出とともに、
このときのシャルトルは、どの大聖堂の印象とも違ったものを、
私の中に残しつづけている。
01.05.14





黄金色の円錐形


ギュンターを迎えに茨城の郊外まで行ったときのこと、
帰り道、ちょっと停まった公園に
それは見事な落葉針葉樹が何本もあった。
高さは10メートルを超えるかと思われ、
それが実に美しい円錐形をしているのだ。
その上、秋の紅葉で黄金色に輝いている。
その下を歩きながら、
ほかには何もない公園のいさぎよさも感じられ、
ただ見入っていた。
きっとメタセコイヤだと思うのだが、
さだかではない。
あの黄金色の円錐形を見るためだけに、
もう一度行ってみたいと思う。
01.04.25





フランス映画祭


今年でフランス映画祭は八回目。
年々盛況になってくる。
というか、強気の値段だ。
今年は指定席券が出来ていた。
オープニング、クロージングのセレモニーが付いた回も高い。
毎年欠かすことなく見ているが
たくさん見られるときと、少しの時がある。
今年は5本見ることが出来た。
それにちょっと奮発して指定席を買ったので
一日は楽に見ることが出来た。
しかし、平等性を言うなら指定席はないほうがいいのかなと思ったり。
最終日も時間がずれ込んで来ていて
最後の回は一時間以上遅れて、10時から始まったので
終電が心配で最後まで居られなかった。
「サン・ピエールの未亡人」パトリス・ルコント監督
なぞなぞの始まりで帰ってきてしまった。

ところで終電、上大岡12時30分があったので
たぶん最後まで見られたのかもしれなかった。
ちゃんとチェックすればよかった。
00.6.25







ブエナ・ビスタ・ソシャル・クラブ

映画を見てきた。
これはちょっと変わった映画だ。
ドキュメンタリーに近いだろう。
キューバのグループ、ブエナ・ビスタ・ソシャル・クラブの演奏する曲が
ずーっと流れていて
自分たちと音楽について
過去、現在を淡々と語っている。
90歳を過ぎたギタリスト・シンガーのコンパイ・セグンド
歌うたいのイブライム・フェレール
女性シンガー、オマーラ・ポルトゥオンド
ピアノ、ルベーン・ゴンザレス
その他の演奏者も
楽しんで、なんの苦もなく演奏しているように見える。
そして、どことなくセクシーさを漂わせている。
彼らを再編成したライ・クーダ親子も
かなり魅力にあふれていて
しかも優しさに満ちている。
良い映画を見たなという感じで映画館を後にするのは
気持ちの良いものだ。








Q.E.D.Club


今日の昼食は中目黒のQ.E.D.Clubでフランス料理。
恵比寿の繁華街をぬけて
目黒区に入ったすぐのところに位置していて
深い木立が迎えてくれた。
手入れの行き届いた庭を見渡す控えの間は
ゆったりとしたソファーセットが幾組か置かれていて
深く腰をかけながら案内を待つ。
なかなか格調高く丁寧な応対。
G.E.D.は一体なんの略なんだろう。
受付の人に聞いて見る。
ラテン語で、数学の証明などが終わった時につける、
”これで証明終わり”の意味だと教えてくれたのだが
そこで、やっと思い出したのだ。
むかし、ちょっと気取って、スノッブ感覚で使ったことを。
数学は得意ではない。
しかし、きれいに証明できると、
気持ちよくこれを付けて満足していたのである。
すっかり忘れている事でも、
ちょっとしたきっかけで思い出がよみがえってくるものなのだ。
00.5.25




マリー・ローランサンの詩

鎮静剤


退屈な女より
もっと哀れなのは
かなしい女です。

かなしい女より
もっと哀れなのは
不幸な女です。

不幸な女より
もっと哀れなのは
病気の女です。

病気の女より
もっと哀れなのは
捨てられた女です。

捨てられた女より
もっと哀れなのは
よるべない女です。

よるべない女より
もっと哀れなのは
追われた女です。

追われて女より
もっと哀れなのは
死んだ女です。

死んだ女より
もっと哀れなのは
忘れられた女です。


これは堀口大学の訳です。

忘れられてしまうということは
ほんとうに悲しい事です。
特に生きているうちは

00.4.15





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