サラディンの話





 ねこは魔法をかけるのです。一度その魔法に
かかったら、どうしても猫と一緒に暮らしたく
なってしまいます。我が家に来た一番目の猫、
ジョンジーは家族みんなに魔法をかけて、逝って
しまいました。猫特有の病気、腎臓病でした。
ひとなつっこくて、甘えんぼう、無類の遊び好
きで、楽しい猫でした。

 ジョンジーのいない寂しさは、家族全員が感
じていました。サラは、そんな猫への期待を込
めて、ペットショップから連れてこられたのです。
サラディンという、イスラムの英雄の名前が
つきました。しかし、私たち家族は猫にも個性が
あるのだということを知ったのです。
まったく抱っこが嫌いなサラは、家族をがっかり
させました。人のそばに来るので抱っこしようとすると、
すっと逃げてしまうのです。むりにだきあげると、
まるで亀のように、手や足やしっぽを、ぐるんぐ
るんとまわして、手から逃げようとします。


やって来たばかりのサラディン

 抱っこして、あったかくて、ふんわりとした
感触が懐かしい私は、がっかりしました。
それでもじゃれるのが大好きで、人の膝で眠るのも
好きでした。決して人間が嫌いなわけではないと
解るまで、かなり不満でした。

 どうにか抱っこぎらいの猫になれはじめたころ、
モモはやってきました。サラよりちょっとちいさく、
のらとして生まれたのです。ごましおのようにのみ
がたかって、死にそうだったのを拾われ、きれいに
のみ退治をしてもらって、リボンをつけてやってき
ました。

 二匹のこねこはじきにじゃれあって遊ぶようにな
りました。モモも抱っこは嫌いで、くねくねと体を
よじってするりと逃げるのです。抱っこ嫌いの猫は
意外に多いのかも知れません。


仲良く籠に入って

 はじめ、モモは、なにかと言えば書斎の机の向こ
うに隠れてしまい、なかなか出てきませんでした。
書斎から出てくるのにも、だいぶ日にちがかかりま
した。しばらくたって、ようやく二匹はリビングで
遊ぶようになりました。猫が二匹になると面白さが
大幅に増えるということを発見しました。こねこた
ちがからんで遊ぶ姿は、なかなかほほ笑ましく、
見ていて飽きることがありません。

 モモは全体のバランスで見ると、足が細く小さい
のです。獣医さんによれば、小さい時の栄養不足の
ため、軽いクル病にかかったのでしょう、と言うこ
とでした。高いところから降りるとき、キュンと言
う声といっしょに着地します。鳴き声も変わってい
ました。ひゃー、ひゃーというような、ちょっと
ほかの猫とはと違った鳴き声です。きっと、小さい時
に鳴きすぎて、喉がつぶれてしまったのでしょう。

 そういえば、サラの声も普通の猫とは違います。
あまり鳴き声をあげない猫ですが、食事がほしい時
など、ルルルルリーと言うような声で鳴きます。
文字にすると、ちょっと変なのですが、一番近い音は、
こんな風だったのです。

 やわらかい感触を楽しむことが出来なくて、
ちょっと淋しい思いがしていたころ、また新しいこ
ねこがやってくることになりました。サラが抱っこ
嫌いだったので、こねこの里親探しをしている人に
頼んであったのです。モモがやってきたので、
本当はもう良かったのですが、抱っこができる猫が
ほしかったし、しっぽが長く、グレーのしましま
と言うのにも惹かれたのです。

 小鳥やさんの籠の中で待っていたこねこなんて、
ちょっとおかしかったです。手さげの箱に入れよう
とすると、にゃあにゃあ大声でなくものだから、小
鳥やさんの店先に、人がいっぱい集まってきて、よ
かったね、もらわれていくんだね、と、くちぐちに
こねこに話し掛けてくれました。猫らしい鳴き声で、
猫らしく甘えん坊で、抱っこ好きの猫で、やっと
わたしは満足しました。名前は空(クウ)になりました。

 サラはクウもちゃんと仲間に入れて、上手に遊び
ました。ねこは基本的に平和主義者なのだと、思った
ものです。というより、小さいほどおおいばりな
のです。クウがサラの食器に顔をつっこむと、サラ
は引いてしまいます。ぬくぬくほかほかした寝床も、
クウがもぐりこんでくると、ゆずってしまいます。
一番えらいのは一番小さいこねこなのです。

クウちゃんの世話をやくサラディン

 クウは本当に甘えん坊で、抱っこ好きで、いつも
人に抱っこされて、喉をごろごろ鳴らしていました。
にゃあにゃあというただしい猫の鳴き声で、お話も
いっぱいしました。クウを見ていたサラとモモは、
人間に抱っこされるのは、ひょっとしたら普通のこ
とかもしれないと、思いはじめたようでした。抱き
上げた時、前のように必死で逃げようとはしなくな
っていました。でもやっぱり抱っこは嫌いでしたが。

 やがて、サラのお嫁さんがいれば、こねこをいつ
も楽しめるということになり、もう一匹ふえました。
クサンチッペと言う名前がつきました。呼び名は、
チッペです。半年くらいで、次々にこねこが四匹やって
来たことになります。ジョンジーの魔法は、
ずい分強いものだったのでしょう。


クサンチッペとサラディン

 サラはもうおとなの猫になっていました。お団子
のようになってほかの猫と一緒に遊ぶことは少なく
なっていました。誰かがもめて鳴き声をあげると、
側に飛んでいって、すっと座っています。騒ぎはや
がて収まります。はじめはそういう出来事に気がつ
かなかったのですが、年上の役目を果たしていたの
でしょう。わたしが、猫に薬を与えようと、口を開
けさせたりしてなかせると、やっぱりすぐにやって
きて、じっと手元を見るのです。特に何かをすると、
いうのではなくて、そばに来てただ黙って見ているのです。
ほかの猫たちは、このお兄さんに守られて、日々を
過ごしていると言う感じでした。


小さい3匹とサラディン

 猫たちはベランダに出て遊ぶのが大好きでした。
朝の運動をベランダで元気にしていました。モモが
クル病といわれたので、わたしは日光浴をさせなけ
ればいけないと思いこんでいました。四匹は、ベラ
ンダからお隣りの屋根へ、そして、またベランダへ
と、走り回ってあそびます。

 一番小さいはずのチッペが一番おてんばです。軽々
と飛び移って、おおきい猫たちに混じって走りまわっ
ています。しばらく遊んだ後、おやつのチーズで、部
屋の中に呼び込むのです。


クウちゃんのしっぽ、おもしろい。

 チッペはクウちゃんといい遊び仲間でした。ころこ
ろからんで遊んで、やがて、折り重なるように寝てし
まいます。和室の障子が破けるものだと見つけたのも、
チッペです。次々に破きながら上のほうまで桟を登っ
てしまいます。そんなことに気が付かなかったほかの
猫もつづきます。ご機嫌で三匹が障子の桟に取り付い
ている写真があります。それはそれは楽しそうです。


楽しい障子のぼり・・・

 ベランダに出て遊びだすと、サラは外が大好きになっ
たのでした。やがて、ベランダからお隣りの屋根伝い
に下に降りて、庭で遊ぶようになりました。家のなか
で飼おうと思っていたので、庭に下りてしまうのは困っ
たことでした。そのままどこか外に行ってしまうと大
変だからです。もうベランダ遊びはやめることになり
ました。そして、まんいち外に出て迷子になった時に、
すぐに解るように全部の猫に首輪をつけたのです。

 サラはきっと不満だったのでしょう。どこかの窓が
ほんの少しでも開いていると、きっとそこにやってきて、
爪でこじ開けて出てしまうのです。網戸も爪を引っ掛けて
開けられました。網戸はガムテープで止めました。
網戸と反対のガラス戸もガムテープで止めました。
ガラス戸は必ず鍵をかけるようにしました。それでもど
こかしら開いていて、外を歩いているサラを見つける
ことになるのです。そういう時はいそいで捕まえにい
きました。

 やがて、チッペはサラといつもいっしょにいるよう
になりました。きっと同じ種類の匂いがしたのでしょう。
サラもよく世話をしていました。チッペはサラが庭にい
るのを、よく教えてくれました。ないたりするわけでは
ありませんが、熱心に庭を見ているチッペの目の先に、
サラが外を歩いている姿があるのです。

外の散歩が大好き

  ある日、甥の結婚式で一晩家を留守にすることにな
りました。留守番をしてくれる息子たちに、くれぐれ
も猫たちを外に出さないように頼んでいきました。
でも、帰ってみると、その日の朝から、サラが出たっき
り帰ってこないと、息子たちが困っていました。
 もう夜になっていました。近所中を探し回ったので
すが、見つかりません。どこかにいるような気がする
のです。ほかの猫を部屋の中に閉じ込めて、玄関を開
けたまま、夜を過ごしました。ときどき外に出ては名
前を呼んでみましたが、帰ってきません。

 夜が明けて、明るくなってからも戻ってきてくれません。
家の周り中を歩き回って、ふと、ゴミ置き場に行って
見ました。呼ばれたように思ったのです。そこには
黒いゴミ袋がひとつぽつんと置いてありました。中に、
黒い首輪をしたサラが冷たくなって入っていました。
車の事故にあったのでしょう。だれかがここに置いて
くれたのです。使い古されていましたが、きれいに洗った
タオルに包まれていました。

 サラがいなくなってから、残った三匹はまるで寄る
べない猫たちのように、しょぼんと元気がなくなって
しまいました。チッペはよく庭をじっと見ていました。

サラディンの最後の写真



プラウザを閉じて戻ってください。